【第3章】安心・安全な国産たたみを仕入れるために

畳屋になった当初のワケ
大学卒業とともに”簡単に休める”という理由で家業の畳店を手伝い始めました。

当時は遊びたい一心に、友達と毎晩夜中までカラオケ店や居酒屋に入り浸ったかと思えば
学生時代に習っていた中国語を試してみたいと仕事を放り投げて海外へ飛んでしまうダメ社員でした。

しかし入社4ヶ月が過ぎ、尊敬する祖母が亡くなったときに何かが変わり始めました。
小さい頃から病気がちだった私のことをいつも気にかけてくれていた
「天国の祖母のために」と、
いつしか家に帰らず会社に泊まるほど一心不乱に働きました。

父(社長)との葛藤
ちょうどその頃初めて行った現場でこんなことを耳にしたのです。

”畳の品質なんて二の次、値段さえ安ければ良い”という
現場監督の言葉が今でも忘れられません。

実はいうと当店は創業54年間、
当初から下請け中心で取り扱っている畳の90%以上が
品質の不透明な中国産でした。

この頃には、国内で使われている畳の8割以上が中国産ということを祖父から教わりました。

「日本伝統の畳が中国産なんてダメだ!」
「このままでは日本の畳がなくなってしまう」
「このままではいけない」

とたくさんのことが頭に張り巡らされました。
そして思い立ったら即行動。
まずは良質で安心・安全な国産畳を取り扱いたいと社長に懇願。

しかし職人の世界。経験ゼロ・実績ゼロ・人脈ゼロの無い無い尽くしの私の話は一切聞いてくれません。
「なんとかして良質な国産畳を取り扱いたい」日に日にその想いは強くなるばかり。

ある日、そんな想いが通じたのか知り合いの畳屋さんから突然連絡がありました。
「人手不足で困っている農家さんを助けに来てくれないか?」

これは願ってもいない大チャンスでした。

二つ返事で新幹線の切符を購入し、一大産地の熊本へいざ住み込み勉強へ。

熊本住み込み合宿スタート
朝4時からスタートして終わるのは夜18時。
農家さんの仕事は思った以上に超過酷労働でした。

夏の一番暑い炎天下の中での作業だったので畳の仕事をしている方がはるかに楽でした。
慣れない田んぼの中で初日から筋肉痛になり、おまけに人生はじめてクモに刺されたりと
都会育ちの私にとって最悪のスタートでした。

さらに、3日目には腰を痛め
5日目はイグサで肌が荒れて発疹が止まらなくなり
「こなきゃよかった!」と心で叫びました。

クタクタになりながら1週間無事に乗り切った熊本での最終日のことでした。
お酒を飲んだ勢いか農家さんからある衝撃の事実を聞いてしまったのです。

「畳業界は産地偽装がまかり通っており、国産と偽って外国産を売る業者がいる」

ただでさえ日本国内で国産畳が売れない状況でこんなことを聞かされとてもショックでしたが
しかし私には思い悩んでいる暇はありませんでした。

お客様に安心して畳を買ってもらうために「産地偽装と戦おう!」と強く心に決めたのです。

全国各地の畳屋さんに会いに足を運びました
さっそく神戸に戻り熊本の農家さんの状況と実際に肌で感じた思いを父に話をしました。
すると父から思わぬ言葉が返ってきたのです。

「お客さんのために自分で考えてやってみろ」と言ってもらえました。

やっと「自分のやりたいようにできる!!」とそう確信しました。
しかし、やってみろとは言われたもの最初は何をしていいのか全くわかりませんでした。

当時は畳屋さんの知り合いすらもほとんどいませんでしたので相談する人もいません。

そこで以前から親しかった業界の人に畳屋さんが集まるイベントを聞いて
東京、名古屋、大阪、岡山、広島など片っ端から足を運びました。
もちろん交通費とホテル代は実費だったので節約するために移動は全て夜行バスでした。

そこではTVに取り上げられるような有名な畳屋さんたちにも会いました。
しかし最初は会って名刺交換をしても全く相手にされませんでした。

「どこの畳屋だよ」
「知らねえな」
「本当に畳屋なの?」
と笑われたこともありました。

その時は職人の世界って怖いなと思いましたし、悔しくてたまらなかったです。

でも、「ここで諦めたらダメだ」と自分に言い聞かせ
好きではない飲み会や懇親会にも必ず行きました。
おじさんたちに付き合わされ飲みすぎてベロベロになったときもありました。笑

 

そんなこんなでいつしか何度も会う中でなんとか認めてもらえるようにもなりました。
こうしてたくさんの先輩の畳屋さんに会って学んだことがありました。

それはみなさん畳に対する思いが強く、私が熊本に行く10年ほど前から
日本の畳を守ろうと熱い想いで活動されている人ばかりでした。

偶然にも家業でおじいさんお父さんと家族経営をされており
私と同じ状況だったのでとても可愛がってもらえたのはとても幸運でした。

 

畳の本を作る
その後、ある日ふと立ち寄った本屋さんである疑問を抱きました。
「畳の本ってあるのだろうか?」

そこでさっそく書店の専門書コーナーを探し回りました。
いくら衰退産業とは言ってもないことはないだろうと思った私がバカでした。
畳についての本が一切ないのです。

あるとは言っても建築雑誌にちょろっと和室のことが書かれているくらい。

今思い出せば建築の勉強をした時に畳のことがほんの少しだけでできたことを思い出しました。
出てきたと言っても畳の大きさと厚みくらいですが。笑

ないのなら仕方がない。「それなら作ってみよう!」そう思いました。
お客様から畳の質問や疑問が多いことは知っていましたので
初めての畳替えのお客様に読んでもらう「畳ガイドブック」を作ろうと決めました。

しかしながら作ってくれる人も費用もありませんので素人ながらも
表紙のデザインから入稿まで全て自分でやりました。

しかし、出来上がった冊子を社長に見せたところ
「なんだこれは!!畳屋を悪者にするつもりなのか」とまで言われました。

それでもお客様を守るためと思えばなんの迷いもありませんでした。

関連記事

  1. 【第4章】パート4、知らなきゃまずい神戸の気候に合った畳替え

  2. 【第4章】パート2 小学生でもできる!畳の見分け方

  3. 【画像あり】知ってた!?中国産タタミが怖い理由

  4. 「安いたたみが怖いワケ」

  5. 【第5章】まずあなたがしないといけないこと

  6. 【第1章】 畳替えでこんな経験はありませんか?